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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)1442号 判決

原告 古沢美代子

右訴訟代理人弁護士 小沼荒次

被告 秦孔歴

右訴訟代理人弁護士 増田彦一

右同 石井正春

主文

被告は、原告に対し、別紙目録記載の建物につき、東京法務局墨田出張所昭和三七年一二月二六日受付第三九六三七号所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(申立)

一、原告

主文同旨の判決を求める。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

(主張)

一、請求原因

(一)  原告は、別紙目録記載の建物(以下、本件建物という。)を所有している。

(二)  被告は、本件建物につき、昭和三七年一二月二五日付停止条件附代物弁済契約を原因として請求の趣旨記載の所有権移転仮登記を有する。

よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき右所有権移転仮登記の抹消登記手続をすることを求める。

二、請求原因に対する答弁

すべて認める。

三、抗弁

(一)  原告は、吉田泰瞭に対し、他より金一、〇〇〇、〇〇〇円を借用し、その支払に代えて本件建物に停止条件附代物弁済契約を締結する代理権を授与した。被告は、昭和三七年一二月二六日、原告、飯塚兼太郎および中野勇の三名の代理人である吉田泰瞭に対し、右三名を連帯債務者として金一、〇〇〇、〇〇〇円を貸し付けた。

その際、原告の代理人である右吉田泰瞭は被告に対し、右貸金債務の履行のないことを停止条件として、右債務の履行に代えて、本件建物を原告に譲渡することを約した。

(二)  仮に原告が直接吉田泰瞭に前記代理権を授与したものでないとしても、

(1) 原告は同月中旬頃、中野勇に対し、原告を代理して、停止条件附代物弁済契約の締結など本件建物を担保として提供して、第三者から金一、〇〇〇、〇〇〇円を借り受ける権限を授与した。中野勇は、そのころ、吉田泰瞭に対し、原告を代理して、右の行為をなす権限を授与し、原告は、同月二五日、中野勇に対し、同人が復代理人を選任することを許諾した。

(2) 吉田泰瞭は、原告の復代理人として、被告と第一項記載のとおりの契約をした。

(三)  仮に吉田泰瞭に前記代理権が認められないとしても、

(1) 原告は、前同月中旬頃、吉田泰瞭に対し、原告を代理して本件建物を担保として提供して、第三者から金二五〇、〇〇〇円ないし金三〇〇、〇〇〇円を借り受ける権限を授与した。

(2) 被告は、右代理権を踰越した吉田泰瞭との間で、同人を原告の代理人として第一項記載の契約を締結したのであるが、左記事実があるから、被告には吉田泰瞭が右契約の締結について原告から代理権を授与されていると信じるにつき正当な理由があった。

(ⅰ) 吉田泰瞭は、原告が中野勇に交付し、同人が吉田に交付したところの、所有権移転仮登記手続および公正証書作成手続に必要な、原告の代理権限を証すべき書類一切を所持していた。

(ⅱ) 原告と内縁同居中の飯塚兼太郎は、吉田が代表取締役である株式会社三協製作所と、自転車方向指示器四〇、〇〇〇組の買付契約をしていた。

四、抗弁に対する認否及び再抗弁

(一)  抗弁事実中第(三)項(2)(ⅱ)記載の事実は認め、その余の事実はすべて否認する。原告は、前同月中旬頃、飯塚兼太郎に対し、原告を代理して、本件建物を担保として提供して金三〇〇、〇〇〇円を借り受ける権限を授与し、同人は中野勇に対して、原告を代理して右行為をする権限を授与したところ、中野勇は有限会社三協製作所代表取締役吉田泰瞭に対し、右の趣旨で金員借用の申込をし、同人の承諾を得たので、かねて中野勇が飯塚兼太郎から受領していた本件建物の権利証、原告の印章、その印鑑証明書等本件建物に担保権の設定登記手続をするに必要な書類等を吉田泰瞭に交付した。なお右契約に従って中野勇は、同月末ごろ同会社代表取締役吉田泰瞭から金五〇、〇〇〇円の交付を受け、さらに昭和三八年一月九日ごろ原告の代理人飯塚兼太郎と吉田との間で右貸借の金額を金二五〇、〇〇〇円とし、利息を差引いて金一八〇、〇〇〇円の授受がなされたが、原告は飯塚を介して同年三月一一日吉田に対し金二五〇、〇〇〇円を弁済したものである。また被告主張の自転車方向指示器の売買契約は翌三八年二月頃、解除されたから、被告には訴外吉田泰瞭に原告を代理して本件契約をする権限があると信ずるにつき正当な理由はない。

(二)  再抗弁

被告は、吉田泰瞭が原告を代理して抗弁第一、二項記載契約を締結する権限を有しないことを知っていた。

五、再抗弁事実に対する認否

否認する。

(証拠)≪省略≫

理由

一、原告が本件建物を所有し、被告が同建物につき請求の趣旨記載の所有権移転仮登記を有することは、当事者間に争いがない。そこで、被告の抗弁について判断する。

二、代理人吉田との契約について

被告は、原告が吉田泰瞭に金一、〇〇〇、〇〇〇円の借用とその債務の支払いに代えて本件建物に停止条件附代物弁済契約を締結する代理権を直接授与したと主張するが、本件に現れた全証拠によっても、右主張事実を認めるに足りない。よって抗弁第一項は採用しない。

三、復代理人吉田との契約について

≪証拠省略≫によれば、原告が、昭和三七年一二月中旬頃、その内縁の夫である飯塚兼太郎を介して中野勇に対し、原告を代理して本件建物を担保として提供して第三者から金三〇〇、〇〇〇円程度を借り受ける権限を授与した事実を認めることができる。被告は中野勇が吉田泰瞭に対し原告を代理する権限を授与したと主張するが、≪証拠判断省略≫被告の右主張事実を認めるに足りず、その他右主張事実を認めるに足りる証拠はない。よって抗弁第二項も採用しない。

四、表見代理人吉田との契約について

≪証拠省略≫によれば、吉田泰瞭は昭和三七年一二月二六日ごろ本件建物の権利証、原告の氏名捺印がなされている白紙委任状とその印鑑証明等、本件建物につき登記手続をするに必要な書類を持参して、原告の代理人と称して金二、〇〇〇、〇〇〇円借用の申込をし、被告はこれを一部容れて金一、〇〇〇、〇〇〇円を貸し付けることにし、これから利息を差引いた金九六〇、〇〇〇余円を吉田に交付し、右債務の支払に代える本件建物の停止条件附代物弁済契約を締結したことが認められる。しかし、一方≪証拠省略≫によれば、中野勇は前記のとおり原告から飯塚兼太郎を介して本件建物に担保権を設定して他から金三〇〇、〇〇〇円程度の金員を借用する代理権を授与されており、そのために本件建物の権利証、原告の印章、その印鑑証明書の交付を受けていたが、中野勇は同月中旬ごろ有限会社三協製作所代表取締役吉田泰瞭に対し、金三〇〇、〇〇〇円程度の金員借用の申込をし、同人の承諾を得たので、同会社のために担保権を設定する登記手続を委任する趣旨で右書類等を吉田泰瞭に交付しておいたところ、同人はこれを濫用して、さらに自己が原告の代理人であるかのようにして右のとおり被告から金員を借用し、本件建物につき停止条件附代物弁済契約を締結したものであることが認められる。≪証拠判断省略≫

被告が表見代理成立の基本代理権として主張するのは、本件建物を担保にして第三者から金二五〇、〇〇〇円ないし三〇〇、〇〇〇円程度を借用する代理権であるが、以上認定の事実によれば、かえって吉田がこのような代理権を授与されなかったことが認められるのであり、その他右主張事実を認めるに足りる証拠はない。もっとも右の事実によれば吉田泰瞭は本件建物につき担保権の設定登記手続をするについての代理権を与えられていたことになるけれども、民法第一一〇条の表見代理が成立するための既存の基本代理権は私法上の行為の代理権に限るものと解されるところ、右は公法上の行為についての代理権であるから、これによって表見代理は成立しない。また前認定によれば、原告から中野勇から吉田泰瞭に順次原告の印鑑証明書、本件建物の権利証等が交付されたのであるが、原告は中野勇に原告のため金三〇〇、〇〇〇円程度を借用し、その債務を担保するため本件建物に担保権を設定する代理権を授与し、右担保権設定登記のために同人が右各書類を使用する趣旨でこれを交付したのに、同人からその交付を受けた吉田泰瞭は、これを濫用して被告と前認定の契約を締結したのであるから、前記事実によっては、原告は被告に対し、吉田泰瞭に右契約締結の代理権を授与した旨を表示したことにはならない。従って被告の抗弁第三項も採用しない。

五、よって、原告の請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩村弘雄 裁判官 原健三郎 江田五月)

〈以下省略〉

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